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Twitterユーザー数が臨界点を超え一般化するところへ来た

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http://japan.cnet.com/special/story/0,2000056049,20391096,00.htm


引用 :

 DGインキュベーションの枝洋樹氏は、「Twitterはすぐに使って楽しめるサービスではないため、ユーザー数は非線形に増えていく。ここにきて臨界点を乗り越えて、一般化する裾野に到達したのではないか」と分析する。


 3月にはNHK BSでTwitterが取り上げられ、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)開催期間中は実況、感想がタイムラインに飛び交った。Twitterのユーザーが友人を増やすためのコミュニティアカウント「follows」には、初心者と見られるユーザーの発言が多くなったという。

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 具体的な数字のグラフがあるので説得力がある。


 この記事の中でこゆう文章があった。


    デジタルガレージグループはブログ検索「Technorati」日本語版も運営しているが、

   Twitter SearchとTechnoratiが競合するとは考えていないという。「Twitterはフィーリング、

   ブログは清書。Twitterはダイレクトに感覚を伝え、ブログにはある程度の文脈を含んだ情報が載る。

   役割が違うし、どちらも価値がある。むしろ束ねて強化すればいいものができると思う。」(枝氏)。


 フィーリングと清書。 それは表面的な見え方。 Twitterのつぶやきとブログの記事のふるまい方は

もっと違っている。

 ブログ記事を書く人は自分の書いたものをプッシュしようとするが、ツイッターでつぶやく人は

自分のつぶやきに共感のあるつぶやきや人を吸着しようとする。 記事自体のふるまい方が好対照 (表裏)といって

いいほど違う。

 ブログ記事は、違った視点からの意見や根拠ある反対意見も受け付けるが、ツイッターのつぶやきは

反対つぶやきや批判つぶやきを嫌がる。


 投稿されているエントリーを静的に見ればフィーリングと清書と見えるかもしれないが、エントリーと

エントリーの動的つながりの傾向はどうなのかってところを見ると フィーリングと清書とだけでは捕らえられない

もっと何か違ったものがある。


 ツイッター勢力の拡大というのは、ブログのついでにツイッターも やる人が多くなったということじゃない。

ウェブに接する人々の大きい感覚の変化じゃないだろうか。 どんどんフローの方へ流れている。

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